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Európa messze van (TV-mini) ヨーロッパは遠い

ハンガリー映画 (1995)

ラヴァンタ・トマーシ(Levente Tamási)が数奇な運命を辿る10歳の少年ペトル(Petru)を演じるハンガリーのTVミニ・シリーズ。ただし、BBCのようなミニ・シリーズと違い一話が22分程度と短く6話すべて足しても、実質132分の長さしかない。ハンガリー映画だが、ペトルの一家はルーマニア人という設定。父ミハイは、ルーマニア共産党政権の独裁者チャウシェスク(1989年12月25日、革命軍により公開処刑)の元で、政治犯としてKBGの監視下にある元・大学教授。首都を追われ、故郷のトランスルバニアの田舎に住んでいる。母ダニエラは、ブカレスト音楽院でピアノを専攻。ペトルは、薬草に詳しく、サッカーが得意で、愛犬ウルスほか、動物が大好きな男の子。この一家が、迫害を逃れてハンガリー~オーストリア経由で西ドイツに行こうとして様々な障害に出遭う。ペトルは、父母とも別れ別れになるが、映画は最後までペトルの視点で語られる。ハンガリー映画なので、ペトルは、生まれ故郷ルーマニアでも、オーストリアの難民キャンプでも、ドイツ南部のバイエルンの田舎でも、ハンガリー語で話し、それがそのまま通じるという設定(つまり、ルーアニア人も、難民キャンプにいるアルバニア人も、ドイツ人も、ハンガリーを話す)は、ご都合主義的で変な気がする。困ったのは、普通に入手できる字幕がなかったこと。何とかロシア語の字幕は手に入れたが、自動翻訳の変換の正しさは50%以下なのでインターネット辞書も併用したが、その辞書も該当例が少なく、かなり苦労した。TV放映された映像しかなく、右上と左下に邪魔なマークが入っていたので、フォトショップで取り除いたが、大変な手間を要した。

政治犯(一度収監されている)としてKGBの監視下で暮らす父は、ある日、息子のペトルと運転中、深い谷を跨ぐ橋にさしかかった時、意図的にまかれた油のせいで橋から転落しそうになり、ルーマニアからの脱出を決意する。父は、妻と息子に加え、親友の娘ヘレンを連れてハンガリー国境のムレシュ川まで来るが、そこでジプシーの一家と会い、母子も連れて夜ボートで川を渡る。しかし、ジプシーの母はボートから転落し、悲観したジプシーの子はハンガリーに着いた後、姿を消す。一行は、迎えに来たヘレンの父の車でブダペストに行き、予め手配しておいた密出国組織のトレーラーに押し込まれ、オーストリアに潜入しようとする。しかし、組織の意図的とも言える「手抜き」により、全員がオーストリアの国境警備隊に捕まり、難民キャンプに入れられる。収容施設の管理者はすごく親切な人だった。ボランティアで来ていたバイエルン・ミュンヘンのコーチが、新入りのペトルにペナルティーキックをさせた時、抜群の巧さに驚く。これは、ペトルをバイエルン・ミュンヘンの育成センターに入学させようとする効果はあったが、逆に、地元のフーリガンの難民キャンプに対する憎悪を煽る結果にもなった〔彼らは、収容施設には唾棄すべきジプシーがいると勝手に思い込んでいる〕。そして、ある夜、収容施設に火炎瓶を何個も投げ込み、火事にしてしまう。管理者にもらった犬を可愛がっていたペトルは、犬を捜しに戻り、顔や腕にひどい火傷を負ってしまう。収容施設は実質上閉鎖となり、チャウシェスク政権に過去の記録を抹消されてしまっていた父は、政治難民としての申請が認められず、母とともに国外退去処分となる。ペトルは、バイエルン・ミュンヘンの育成センターに1人で行くことになった。しかし、父母と強制的に分離されたペトルは、怒りに任せてアルバニア人の親友ファディルと逃げ出すが、ドイツ行きの貨車に乗ったところで、ファディルが同行しないと分かり、腹を立ててむくれる。ペトルは、早朝、貨車が停まった時、ドイツに着いたと思い、貨車から出て、小さな駅舎の中で仮眠をとっていた。そこに、2階から降りて駅舎の様子を見に来た1人しかいない駅員が入って来て、熱があるので2階に連れて行く。ペトルは、なぜか、最初、自分のことをジプシーだと告げたため、駅員の妻のレイジは、家に入れるのを断固拒否する〔ここでも、ジプシーは嫌悪の対象〕。しかし、汚い服の下のシャツが上等だったので、ジプシーでないと分かると、「親切な老婆」に変身し、ペトルを優しく世話する。そこは小さな村だったので、ペトルが現れたことはあっという間に村人全員が知るところなり、それを知った警察は、赤十字などから問い合わせの来ている少年だと気付く。ペトルは、村にいる間に、老夫婦のことをパパ、ママと呼ぶほど親しくなっていた。ミュンヘン大学に招致されたペトルの父が、妻とヘレンを伴って迎えに来た時、ペトルは、後に残されてしまう老夫婦のことを心配する。

この映画は間接的にジプシーと絡むので、ルーマニアのジプシー(ロマ)について簡単に触れておこう。公式な人口調査によれば、2011年のロマの人口は621,573人、人口の3%。しかし、これがあくまで公式の数値で、実際には「隠れロマ」が多いとされる。2017年3月22日付のロイターの「ルーマニアの近代化された都市から住処を奪われるロマの人々」という記事では、ロマの人口を250万人(13%)と、ほぼ4倍に見積もっている。後者が正しければ、ルーマニアは、世界一ロマの人々が多く住んでいる国になる。英語で書けば、ロマは“Roma”、ルーマニアは“Romania”、何となく因縁を感じる。なお、ペトル一家はハンガリー人だが、この映画の作られた年に一番近い1992年のデータでは、ルーマニアに住むハンガリー人は1,624,959人、人口の7%に相当する。こちらの理由は、ペトル一家が暮らしていたトランシルヴァニアが第一大戦終了までハンガリー王国領だったことを考えれば当然のことかもしれない。

ラヴァンタ・トマーシに関するデータは皆無。IMDbによれば、この作品が映画初出演で初主演。その後、1997年に、3本の映画、TV映画、TVシリーズに出ているが何れも端役。これで、彼の子役として人生は終わり、2007からは現在に至るまで22本の映画にスタントマンとして活躍している〔最近作は『オデッセイ』『アトミック・ブロンド』『ブレードランナー 2049』など〕。少し、可哀相な気もするが。


あらすじ

映画の冒頭、タイトルバックに、トランシルバニア地方の牧歌的な丘陵地帯で羊の群れを追うペトルが映される。その後、ペトルは 愛犬のウルスを抱きかかえて父の車に乗る(1枚目の写真)。車は、ルーマニア国産のダキア1310〔現在、ルノーの傘下にあるダチアの旧社名〕。2人はすごく仲がいい。途中で、3台の馬車に乗ったロマとすれ違う。そして、急カーブを曲がりながら橋の真ん中に来た時、ハンドルを取られ、車は橋上で何回も回転し、ガードレールにぶつかって止まる(2枚目の写真)〔ガードレールは谷に落ちる〕。車は助手席側の方が崖に出ていて危ないが、運転席のドアが開かないの、助手席から降りる。この時、理解できないのは、車の前輪がかろうじて橋から落ちずにいるという危ない状態なので、普通なら、助手席にいる息子を先に降ろし、その後で父親が降りるのが当然だと思うのに、この父は、息子と犬を跨いで先に車から降りる。それだけハンドルに近づくので車がフラフラと動く。父が降りてすぐ横のガードレールを押すと、これもすぐに谷底に落ちて行く。その後に、父は ようやくペトルを抱えて車から出す。犬も一緒だ。2人は深い谷底を覗く。間一髪で命拾いしたのがよく分かる。ペトルは、橋の中央部が黒くなっているので不審に思って近づき、黒い液体に触って臭いを嗅いでみる。そして、近づいてきた父に、「谷に落ちかけたのは、絶対、このせいだよ」と言う(3枚目の写真、矢印の先に油)「新しいね。スリップ痕が濡れてるもん」。父は、その話を「空想」だとけなすが、車がぶつかった時に簡単に落ちたガードレールの欄干が意図的に切断されているのに気付く。その時、1台のトラックが猛速度で突っ込んでくる。2人は、「止まって!」と手を振るがそのまま走り去る〔KGBのトラックで、父の車が落ちたかどうか見に来た〕。父は、何かされる前にこの場を立ち去ろうと、太いパイプ〔どこにあったのかは不明〕で高さ20センチほどの段差を超えてしまった前輪を何とか橋に戻す。幸いエンジンはかかった。
  
  
  

父が、次に行った場所は、工場地帯。山里の中に、忽然と真っ黒な工場が現れる。周りの家々も真っ黒だ。それを見たペトルは、「みんなが言ってた通りだ。空から真っ黒な雪が降ってきたみたい。雪みたいに融けないけど」と言う。「これは、工場から出て来た煤煙とタールなんだ。ここに住んでると喉がやられてしまう」。父が心配しているのは、これらの住宅ではなく、牧草地の有害物質による汚染。ペトルは、「これってドラキュラのせいじゃない?」〔ドラキュラは、トランシルバニア地方の吸血鬼伝説を基にした話〕と言い、父に笑われる。しかし、ペトルは、「山の羊飼いたちは、みんなそう言ってるよ」とあきらめない。「ドラキュラは作り話で、もっと前は悪魔だった。しかし、ここにあるのは、悪魔でもドラキュラでもなく、人間〔チャウシェスク政権〕が生み出した悪なんだ」(1枚目の写真)。黒い家の一角に停まっていた荷馬車に老夫婦がいる。父は、ミキさん、最近どう?」と声をかける。「トラブル続きでな、獣医さん。ドラキュラが牙を剥き出しとる。ストラウス先生は、孫への授乳を禁止した。こんな恥をかかされたのは初めてじゃ」。ペトルは、ごく気さくに荷台の上に乗る。ミキは、「そんなことすると汚れちまうぞ」と言いつつ、ペトルが可愛いいので額をつける」(2枚目の写真)「きれいなズボンを汚したら、ママが何て言うかな?」。ペトルは、「ヴィクトリおばさん、トウモロコシある?」と尋ねる。「ないのよ。全部やられちゃった。あなたのお父さんの言った通りだったわ」。そこに、若い羊飼いが馬に乗って駆けてきて、「牧草地で、羊がドラキュラに襲われた!」と叫ぶ。「羊たちがバタバタ倒れて痙攣してる」。父は、ペトルと犬を車に乗せると、牧草地に向かう。途中からは、ペトルを馬に相乗りさせて丘を登る。確かに、牧草地に行くと多くの羊が倒れていた。父は、倒れた羊を柵の後ろに移動するよう指示する。ペトルは、元気付けようと撫でるが、羊には立ち上がる力はない(3枚目の写真)。父が「誰か来たか?」と訊くと、老婆が「KGBが2人来ましたよ」と答える。
  
  
  

そのあと、ペトルが牧草地の中に生えている薬草を見つけ、「パパ、これ癒しのハーブだよ」と言って見せるシーンがある(1枚目の写真、矢印)。父は「偉いぞ」と褒める。「使い道は?」。「殺菌作用があって 人と牛に効く」。「その通りだ」。その直後、ペトルは近くに落ちていたボールを蹴る。父は、「お前はいつも蹴ってるが、そのうち、高く上がり過ぎて戻ってこなくなるかもな。いいか、蹴る時には的に当てろ」と言う。ペトルは、「パパ、僕、薬草医かサッカー選手のどっちかになりたい」と打ち明ける。その時、羊を診に来てくれたお礼に、老婆が冷たい水を持ってくる。まずペトルが飲み、その間に、父は、「おばあさん、あなたの羊は毒にやられています」と説明する(2枚目の写真)。その時の老婆の返事の意図が不明。「昔からの言い伝えで、雷が落ちた木は、翌年、倍の花を咲かるって言います」。彼女は、公害毒の恐ろしさを全く認識していない。次の場面もよく分からない。ペトルは、父と別れ、村の子供たちが泥水の中で遊んでいる水牛たちに乗って遊んでいる〔ブルガリアとルーマニアでは、ヨーグルトやチーズ用に水牛が飼われている〕。その中の1頭はペトルが可愛がっているフロリカ。他の子(泥まみれ)が乗っている〔耳の後ろを掻いてやっている〕のを見たペトルは、乗っていた子を引きずり降ろし、「誰にでも掻かせるなんて、お前、売女(ばいた)になったのか」と水牛を叱る(3枚目の写真)。そこに母がやってきて、ペトルが靴のまま泥の中に入って行ったことを注意する〔ズボンも下半分は泥まみれ〕。「全部、洗わないと」。
  
  
  

次に入るルーマニア正教会の日曜の祈祷のシーンでは、ペトルの母が、後ろの女性から、「今、あなたの夫が捕まったら、二度と会えないわよ」と注意される。母は、「分かってる。KGBにいつも見張られてるから」と答え、ペトルも不安そうにそれを聞いている。「朝までに用意するのね」〔脱出を〕。「そうね」。祈祷の後、子供たちが教会の近くでサッカーごっこをして遊んでいる。常にボールを支配しているのはペトルだ(1枚目の写真、矢印はボール)。同じ頃、父は、伯父ともう1人の村人から、今度の羊の毒死事件で、立場が危険になったので〔KGBは父のせいにしようとしている〕、姿を隠すべきだと勧められる。しかし、父は、ここが自分の故郷なので、どこにも行かないとつっぱねる。一日中遊んで、サッカーボールを持って家路についたペトルの脇に、突然、1台のダキア1310が乗りつける。後部ドアが開くと、ペトルは中に引きずりこまれる(2枚目の写真、矢印、サッカーボールは放置)。車の中で、ペトルはKGBに髪をつかまれ、懐中電灯の光を顔に当てられ、「お前の親爺は羊に毒を盛ったのか?」と訊かれる(3枚目の写真)。「毒に晒したのは父さんじゃない」。「なら、誰がやったんだ?」。「知らないよ」。「言わんと、お前の両親を監獄にぶち込むぞ」。そう言うと、髪をつかんだまま、ペトルの顔を何度も手の平で叩く。「このロクデナシのガキめ!」。ペトルは、暗くなってから車から放り出されて解放される。
  
  
  

ペトルは家に帰ると、こっそり自分の部屋に行こうとして母に見つかる。母は、あちこち汚れた服を見て、「何があったの? 泥だらけじゃないの」と訊くが(1枚目の写真)、ペトルは、KGBのことは隠し、犬を連れて部屋に籠ってしまう。ベッドに犬と一緒に入ったペトルは、車の中で叩かれた悔しさから逃れようと、愛犬を抱きしめる(2枚目の写真)。母は改めて入って来ると、「何があったの?」と尋ねる。「何も」。「坊や、何でも話してちょうだい」。「もう『坊や』じゃないってば!」。朝、ペトルが起きていくと、様子がおかしい。母は、陶器を箱に入れている。そして、伯父が、「よく聞くんだ、ダニエラ、持ち物はどうしても必要なものだけにしなさい。誰かに見られたら、ピクニックに出かけるんだと思わせないと」と注意する。母は、「全部置いてはいけないわ。これは結婚のお祝いよ」と反論する。部屋の中にKGBの手下どもを見つけたペトルは、殴りかかろうとして母に止められる。「奴ら、ここで何してるの?」。「あの人たちには構わないの。用意なさい、ペトル。これからピクニックに行くの。楽しいでしょ」(3枚目の写真)。ペトルは、「何も教えてくれない! 何が起きてるか、僕が知らないとでも思ってるの? 僕たち、ここを出てくんだ」と、昨日の拉致から学んだことをぶちまける。そして、「パパはどこ?」と訊く。母は、父は「すべきこと」をしている最中で、すぐに会えるから、バックパックを準備しろと命じる。ペトルは、「最も大事なのはパパの記録だ」といい、父の論文を「最も安全な場所だから」と言って、バックパックに詰める。伯父が、ペトルにやっていることを、「勝手な思い込み」批判すると、ペトルも、「いつも僕を過小評価ばかりして! 僕は、パパが望めば、これをアメリカにだってかついでくよ」と言い返す。
  
  
  

母の運転する車の助手席に乗ったペトルは、後ろから付いてくるトラックを見て(1枚目の写真)、「分かってるの? あのトラック、この前、僕らを橋から落そうとしたんだよ」と注意する。伯父は、「心配するな、ペトル、今回は助けてくれる」と教える〔以前、殺そうとしたのに、今回、なぜ立場を変えたのかは、さっぱり分からない→後の展開からヘレンの父が手配した可能性が高く、次の可能性は伯父を含めた村の有力者手配したというもの→具体的には、KGBの手下2人を説得・買収した〕。母も、「安心なさい」と口添えする。母の車の後には、別の乗用車も続いていて、そこに乗っていたのは ヘレンという少女と、その祖父母。母は、ペトルに、「パパは、お友だちの娘さんをピクニックに招いたの」と話す(2枚目の写真)「トランシルヴァニアに住むドイツ系の子で、ご両親は海外に住んでるのよ」。ペトルは、「まさか、その変なのが、僕たちと一緒に行くんじゃないよね」と訊く。「あなたがまだ小さかった時、黒海のほとりで、その子と仲良く遊んでたじゃない。今回、同行するに当たって、あなたのパパのことを、彼女もパパと呼び、私をママと呼ぶのよ」。ペトルは、「いやだ!」と反撥する。「その子、すごく可愛いわよ。きっと好きになるわ」。「僕には、水牛も犬も母さんもいる。他には何も要らない。それに、僕に 愛だの何だの言わないでくれる」(3枚目の写真)。2台の乗用車とトラックは、本道から逸れて脇道に入って行く。
  
  
  

ペトルたちは、建前として、滝のそばでピクニックを始める。この話に付いていけないペトルは、犬と一緒に滝のそばにいて、ピクニックのシートには近づかないようにしている。そのシートの上には、母とヘレンが座り、ヘレンの祖父母が孫との別れを惜しんでいる(1枚目の写真、矢印の先に小さく見えるのがペトル)。そこに父がやって来て、「女の子には優しくしろ。男らしく振舞え」と注意し、ピクニックに参加させる。ペトルを見たヘレンの祖父は、「あのちっちゃなペトルが、見ないうちに大きくなったものだ」と驚く(2枚目の写真)。ヘレンは、すぐに立ち上がると、ペトルの横に行き、「ヘレンよ。これから、あなたの妹になるわね」と言って、握手しようとする。しかし、ペトルは、その手を叩いて寄せ付けない。「私を覚えてないの? 昔 会ったじゃない。ピクニック楽しみましょ」と言い、「可愛い犬ね」と触ろうとするが、その手も、「触るな」と撥ね退ける。ヘレンは、祖母のところに泣いて戻る。ペトルは、つむじを曲げてまた滝の近くまで戻る。今度は、そこで一輪の花を見つける。そして、それを見せに父のそばに行く。「これ、きっと風で飛んできたんだ」。父は母に、「ペトルがヤグルマギクを見つけた」と言い、ペトルには、「学名は知ってるか?」と訊く。そして、ペトルが「Centaurea Ceanus」と答えると、「よくできた」と褒める。ヘレン祖父から。「大したもんだ。馬には乗れるのかね?」と訊かれたペトルは、「馬には乗れないけど、水牛には乗れるよ」と答え、再びそばに来たヘレンが、「それって、ホントの生きた水牛?」と驚いて訊く。「背中の上にだって立てるよ」。そう言うと、花をヘレンに、「持ってていいよ。旅の思い出に」と渡し(3枚目の写真)、ヘレンが、「ありがとう。大事にしまっておくわ」と答え、2人は友だちになる。
  
  
  

その直後、父はペトルにとって重要なことを口にする。「ウルスには今度の旅は無理だな」。父は、ウルスが老犬であること、伯父は1人暮らしで身寄りがないことを理由に上げて、犬小屋ももう伯父の家に移したと告げる。怒ったペトルは、母のそばに行き、「僕、ここを離れたくない」と言うが、母に優しくキスされて納得するしかない。名目上のピクニックを終えた一行3台は、本道に戻り、ハンガリー国境に向かう。すると、途中で、最後尾にいたトラックが先頭に出てきて、強制的に一行を止める。ペトル:「なぜ、停まったの?」。ヘレンの祖母が、ネックレスを外し、「これは、わが家の家宝なのよ。パパに渡して」と言い、ヘレンの首にかける。祖父は、「もう会えないだろう」と寂しそうにヘレンの髪に触る。それを見ていたペトルは、事態の重大さにようやく気付く。伯父は、2人からヘレンを離して前の車に乗せると、今度は、「ペトル、君の犬をしばらく借りるよ」と言い、助手席にいたウルスを出そうとするが、犬は嫌がって出て来ない。時間の浪費にイライラしたトラックの運転手が出てきて、犬をつまみ出すと、ウルスは吠えながら逃げていく。男は、ウルスを銃で撃とうとする。父が止め、ペトルは、口笛で呼び戻す。ペトルは戻ってきた犬にリードを付けると、伯父に渡し、祖父母の車に乗せる。ところが、父が車を出すと、置いて行かれたと思ったウルスが必死で後を追って走る(1枚目の写真)。車の速度の方が速いので、姿は小さくなっていく。ペトルは寂しそうにそれを見送る。それからしばらく経ち、父の車の後ろはトラック1台だけとなる。ヘレンが、ペトルの母を見て、「これから、ホントに『ママ』と呼んでいいんですか?」と訊く。「それしか言っちゃダメよ」(2枚目の写真、嫉妬したようなペトルの顔が面白い)「道中、私はあなたのママよ」。ペトルは、「ベタベタするな、さもないと、車から放り出すぞ!」と言って、ヘレンをつねる。母は、罰としてペトルの耳をつねる。父は、「何でそんなことするんだ? ヘレンはお客様だぞ」とペトルに注意する。再びトラックが前に出る。父が車を止めると、男が走り寄って後部ドアを開け、「出ろ! 急げ!」と乱暴にペトルをつかむ。運転手も降りてきて、「こんなこと、やめたっていいんだぞ」と凄む。「これが最後のチャンスだ。必要最小限のものだけ持って走れ。暗くなる前に沼を抜けろ、でないと蚊にやられるぞ」と警告する。そして、一家+ヘレンは野道を走って行く(3枚目の写真)。逃避行の始まりだ。
  
  
  

そこは、ハンガリーとの国境に近い湿地帯。父はペトル、母はヘレンを抱き、荷物を持って沼の中を歩く(1枚目の写真)。沼が浅くなると、ペトルとヘレンも自分の足で歩く。歩きながら、ペトルは、「僕は、医学用の薬草の専門家になるか、サッカー選手になるんだ。選手の場合は、ベッケンバウアーなんか目じゃない」と言うが、ベッケンバウアーは1960-70年代にドイツで活躍したスター選手。1984年には西ドイツの代表監督となる。夢が大きいことはいいことだが… 2人はその後、深みにはまってしまい、父に救い出される(2枚目の写真)。一行は、何とか日暮れまでに沼地を脱出できた。そして、ムレシュ川の川岸に出る〔ムレシュ川は、ルーマニアとハンガリーの長い国境線の中で、最も西に突き出た部分で約20キロにわたり国境線になっている/川幅は約100メートル/最後はドナウ川に合流して黒海に注ぐ〕
  
  

4人が、川沿いのブッシュの中を歩いていると、突然 行く手に焚き火と母子連れが現れる。そのジプシーの母親は、4人を火のそばに座らせる。ジプシーの子は、ペトルの隣に座ると、「お前ラッキーだな。ぜんぜん蚊に刺されてないじゃないか」と言い、蚊にいっぱい刺された腕を見せてポリポリ掻く(1枚目の写真)。母親は、「ムレシュ川が渡れるようになるまで、1週間待ってたわ。国境警備兵には、もうバレてる」と言う。。その時、銃声が聞こえる。ペトルは、「いつも、あんななの?」と慄くが、ジプシーの子は、「怖がるな。俺は、もう平気さ」とのんびりしている。母親は、「亭主は、息子を助けてくれるなら、あんたたちのために何でもする。普通ならこんなこと言わないけど、あんたたちを信じるから」と言うと、焚き火に水をかけて火を消し〔そろそろ暗くなりかけている〕、ジプシーのテントに連れて行き、飲物とパンを与える。そこに夫らしき人物が入って来て、「今夜決行するぞ」と言う。「波が静かだ」(2枚目の写真)。母親は、「ラローシュは、これまで何人もの亡命者に川を渡らせてきたから」と安心させる〔後で分かるが、ラローシュは夫ではなく国境のすぐ向こうに住むハンガリー人→すると、先の「亭主は…」云々の言葉は何を意味するのだろう? ハンガリー側で待っていて、その後の手助けをするという意味だろうか?→これも後で分かるが、亭主など待ってはいない〕
  
  

この後が、映画の中で一番意味不明の部分。辺りは真っ暗。ラローシュが先導し、その後を、ペトル、ヘレン、ペトルの母の順に、川沿いに姿勢を低くして見つからないように進んでいく(1枚目の写真)。最後部にいたジプシーの母親は、ペトルの父に、「何が起きても、あたしの息子を放さないって約束して」と話しかける。父は、「あんたに何か起きるのか?」と訊き返す〔何のつもりで母親がこんなことを言うのか、意図が分からないから〕。その時、警備兵2人が懐中電灯を持って通りがかり、一行は緊張する。ボートまで辿り着いた一行は、ラローシュ、ジプシーの母親、ヘレン、ペトル、ジプシーの子、ペトルの母の順に乗り込み、ボートの艇尾(とも)の部分にペトルの父が座る〔艇首(おもて)にはラローシュが座る〕。そして、照明弾が連続して撃たれる中、ボートは川に乗り出す(2枚目の写真)。ペトルの父が必死で漕ぐシーンはあるが、ラローシュの漕ぐシーンはない。そして、ボートが川の半ばまで達した時、変なことが起きる。1コマずつ見ていると、ラローシュは漕がずに、隣にいるジプシーの母親を川に向かって押しているように見える〔少なくとも、オールは持っておらず、身を乗り出すようにジプシーの母親に寄りかかっている→母親は、自らの意思で川に落ちるのか?〕。そして、次の瞬間、ジプシーの母親は川に落ちる。それを見て、子供は、「ママ!」と叫ぶ(3枚目の写真、矢印はジプシーの母親)。ペトルの父は、すぐに川に飛び込む。ジプシーの母親は、「戻って! 息子を救って!」としか言わない。ボートは、ラローシュが漕いでハンガリー側の岸に向かう〔後で分かるが、ジプシーの母親はなぜか分からないが、ペトルの父に息子を託し、自分は泳いでルーマニアに戻ったらしい〕
  
  
  

朝早く、ボートはハンガリー側の岸に着く。次のシーンでは、ペトルの母は、既にボートを降りている。ボートの中には、ラローシュと子供3人がいる。ジプシーの息子は、2番目にボートを降りると、まっすぐ岸に沿って歩き出し、ペトルの母に引き止められて抱かれる。最後に残ったのは、ペトルとヘレン。「これが自由って奴? 向こう岸と変わらないじゃないか。なんで来たんだろう?」(1枚目の写真)。ジプシーの子は、ペトルの父が岸に泳ぎ着いたのを見て走り寄る。父は、疲労困憊してものも言えないが、それでもジプシーの子を連れて何とか妻の元まで歩くと、そこで地面に倒れ込む。妻の膝に抱かれて元気を取り戻した父は、泣いているジプシーの子の肩を抱くと、「これから、君は私の息子だ」と声をかける(2枚目の写真)。その後、ラローシュが先導して自分の家に向かう。
  
  

1枚目の写真は、ラローシュの家に着いた5人(1枚目の写真)。ムレシュ川を渡るのに一晩かかったので、一家はすぐに横になって寝る(2枚目の写真、ペトルは床の上だが、ヘレンはペトルの母に抱かれてベッドで寝ている)。何時ごろかは分からないが、ラローシュの奥さんが朝食を持って部屋に入って来る。ペトルは、目を覚ますと、床の上に落ちている1枚の紙に気付く。その下には、毛布が敷いてあるので、ジプシーの子が寝ていた場所だ。「ヨーシュカ〔ジプシーの子〕、どこかな?」。母は、パンにバターを塗る手を止め、「ベッドに入った時、毛布をかけてあげたわ」と言う。今度は、ヘレンが起きてきて、ペトルの横に座る。ペトルは、「ジプシーは逃げた。僕らが嫌いだったんだ」と言うと、ヨーシュカの残した手紙を読み始める。「お袋は、俺は騙した。ハンガリー側に行けば親爺がメルセデスに乗って待ってると言ったのに。お袋は、川で溺れたように見せかけて、俺を騙したんだ。俺は戻ってお袋を捜す。ペトル、良い旅を。俺たちは、きっとまた会える。俺が友だちだったこと忘れるなよ、ヨーシュカ」(3枚目の写真)。ヘレンは、「私のこと、書いてない」と怒り、ペトルは、「勝手に出てって、勝手に友だち呼ばわりして!」と怒って手紙を投げ捨てる〔ペトルは、常に短気で怒りっぽい〕
  
  
  

ラローシュの家に、メルセデス300Eが乗り付け、クラクションを鳴らす。一家+ヘレン+ラローシュが走ってくる。ペトルは、ヘレンに、「ヨーシュカの父さんが来たんだ」と言う〔メルセデスだから〕。男は、ヘレンの前に行くと、「ようこそ、やっと一緒になれたな」と言って抱き上げる(1枚目の写真)。メルセデス300Eでやって来たのは、ヨーシュカではなくヘレンの父だった〔クラクションで呼び出すとは、ずい分失礼な態度だ。ヘレンの父親なら、自分の娘を密出国させてくれた家族に、自ら挨拶に出向くのが当然だと思うが〕。ヘレンは、「放してよ」と嫌がり、父から無理矢理離れると、ペトルの母にしがみつく。男は、ペトルの母の手にキスし、「ヘレンにして下さったことに、何とお礼を申し上げたらいいか分かりません」と述べる。ペトルは、男と母の握った手を無理矢理分断し、ヘレンの横に立つ。母は、「この方は、ヘレンのお父さんよ」とペトルに説明する。ペトルは、後ろにいた自分の父に、「今まで、ヘレンのパパだったよね」と声をかける。父は、「子供たちはすごく疲れてますから」と言い、ヘレンの父は「分かりました」と言うが、「友だち」という触れ込みの割には、挨拶一つしない。ヘレンの父は、車のトランクを開けると、人形の入った箱をヘレンに渡し、「残念だが、お母さんは亡くなってしまってね」と説明する。ペトルは勝手にトランクまで行くと、中に入っていたおもちゃの中から、「バット、グラブとボール2個」の入った包みを取り出し、「ペトル」と名前を言って ヘレンの父に手を差し出す(2枚目の写真、矢印は野球セット)。「君のことは、良い話をいろいろ聞いてる。会えて嬉しいよ」。その言葉を聞いたヘレンは、気を取り直し、「また会えて嬉しいわ、パパ」と言い、祖母から預かったネックレスを渡す。ペトルは、近くに寄ってきたヘレンに、「君のパパ、クールだな。それに、すごくお金持ち」と言う。「どうでもいじゃない」(3枚目の写真)。ヘレンの父は、トランクの中から精巧な自動車のおもちゃもペトルにプレゼントし、ペトルの満足度は跳ね上がる。
  
  
  

ヘレンの父は、助手席に座ったペトルの父に、「ご入用でしたら、2・3千マルク持っていますが」とお札を渡す〔この映画の舞台が仮に1987年とすれば、当時のマルク/円レートは約80円、だから、20万円ほど渡したことになる〕。「ハンガリーでは、これ以上持つのは慣わしになっていませんので」。父は、できるだけ早く返却することを前提にありがたく借りる。一方、ペトルは、コカコーラの缶を飲みながら、スピードメーターの時速145キロを見て、「すごいや!」とご機嫌。後ろでは、窓際同士の母とヘレンが悩み事を話していても、中央に座ったペトルの目は高速道路に釘付けだ(1枚目の写真)。車はブダペストに到着、セーチェーニ鎖橋が見えてくる(2枚目の写真、1987年にユネスコの世界遺産に登録)。3枚目の写真は、参考までに私が1997年に撮影したもの。この橋についてコメントしておくと、イギリス人技師クラークの設計で1849年に完成した。なぜ「鎖橋」というか? それは、吊橋だが、明石海峡大橋のようにケーブルではなく鎖が使われているため。もう1つ踏み込んで説明すると、鎖を使った吊橋はイギリスで発達し、同じ頃、フランスではケーブルを使った吊橋が造られていた。その技術はアメリカにも渡り、イギリス以外の国で鎖吊橋が造られることはほとんどなかった。ブダペストの場合は、たまたまイギリス人技師が設計したため、イギリス式となった珍しい事例。イギリス本国に残るもっと古い鎖吊橋(1826年)が世界遺産になっていないのに、セーチェーニがなったのは、世界遺産選定における「恣意性」が端的に現れた結果。「美しいわ」。「とうとう着いたんだ」。「辺り一面輝いてるわ」。「ケーブルカーはどこかな?」〔王宮の丘に登る対岸のケーブルカーのこと〕。「川の向こう側じゃない?」。「じゃあ、橋を渡るんだ」。「素敵ね。クリスマスツリーみたい」。ヘレンの父が、橋を渡りながら、「仲介業者がここであなた方を待っています。残念ですが、こんな方法でしか、国境は越えられません」とペトルの父に話す。そこに、ペトルが、「国境って?」と割り込む。「オーストリアだ。我々はもっと西へ行くんだ」。「ここから どこにも行きたくないよ。ここは、自由の国だって言ったじゃないか。なぜ、もっと先に行くの?」。母は、「我慢なさい、ここが目的地じゃないの」と説明する。「どこなのさ?」。答えは得られない。車は、工場のような場所に着く。そこには、大型のトレーラーが停まっていて、運転手が、「おい、遅いじゃないか」と文句をつける。「これは、オリエント急行じゃないんだ」。ヘレンの父は、「もっと丁寧な口がきけないのか? 大枚払ってるんだぞ」と文句を言う。男は、馬耳東風。ペトルたちに、トレーラーの中に乗るよう促す。ヘレンは、「ママ、私をここに置いてかないで。ペトルと一緒にいさせて」と頼む。ヘレンの父は、そうさせまいとヘレンを引っ張り、ペトルはヘレンの手を取り、母に、「僕たち兄妹だって言ったじゃないか」と文句を言う(4枚目の写真)「なぜ、僕たちの中を割くのさ?」。遅れてイライラしていた運転手は、強制的に2人を引き離す。
  
  
  
  

トレーラーに乗り込むに当たり、運転手は、「荷物は全部ここに置いておけ」と命じる。父は、「でも、その中には、身分証や書類が全部入ってます」と言うが(1枚目の写真)、「中の悪党に盗まれるぞ」と言われて、苦労して持ってきた鞄2個とナップザックを取り上げられる〔真の「悪党」はこの運転手で、荷物は二度と返してもらえない/それにしても、大事な身分証くらい、なぜポケットに入れておかなかったのだろう?→旅行する時、財布をポケットに入れず鞄に入れておく男性など見たことがない〕。トレーラーはガラス瓶に入ったワインの箱を満載しているように見えるが、箱はロの字型に積んであり、真ん中が空洞になっていて、そこに違法越境者を詰め込んでいる。その数は、画像に映っているだけでも20人。大変な混雑ぶりだ(2枚目の写真、矢印はペトルの一家)。ペトルは、「息が詰まっちゃう」と言いつつ、くたびれて寝てしまう。母は、「ヘレンはペトルの初恋の人ね。この子、恋に落ちたんだわ。私たち、少しずつ年を取ってるんだわ」と言い、ペトルの額にキスする。
  
  
  

トレーラーは、ハンガリーの国境に到着する(1枚目の写真)。車が停まった衝撃で泣き出した子がいる。警備兵に聞かれたら最後だ。近くにいた大人は、「黙らせないと絞め殺すぞ!」と小声で脅しつけるが、これは泣いたのをすぐ止めなかった母親が悪い。係官は、ニヤニヤした運転手は、「ビンは何本割れた?」と訊き、運転手は「割れてないといいな」と話す。両者の間に緊張感は全くない。係官は荷台の上の隙間から中を覗く(2枚目の写真)。「中味は何だね?」。「残念ながら空なんだ。でなきゃ、ワインのテイスティングをしてもらえたのにな」(3枚目の写真)。覗いても、ビンの箱の隙間に大きな空間があることは分からなかったので、問題なしとされる。遮断機が開き、トレーラーは中立地帯に入って行く。
  
  
  

この先も、観ていて全く理解できなかった。それが、私が、共産政権時代に、ハンガリーとオーストリアの国境を自動車で越えた経験がないからで、オーストリア側の国境警備がどうなっているか知らないからだ。というのは、トレーラーは、ハンガリー側の国境を過ぎると、すぐに「乗客」全員を降ろす。その際、父は、「荷物を返して下さい」と頼むが、「何の荷物だ?」と言われてしまう。「出発する時、私たちから取り上げた荷物ですよ。身分証や書類が入ってる」。悪党の運転手は、父の話は無視し、「早く走って隠れろ! さあ行け!」としか言わない。そえ以上、問い詰めずに立ち去った父も甘い。そして、理解できないのは、その先。密入国者たちは丘に向かって走って行く。ところが、丘の窪みにはオーストリア側の国境警備兵が猛犬を連れて待ち構えていた。そして、姿を現すと、逃げまどう人々に犬をけしかけ(2枚目の写真)、全員を拘束する。これを観ていると、トレーラーの業者は、わざと捕まるようにやっているとしか思えない。密入国を逃がすなら、オーストリア国内にずっと入り込んでからにすべきなのに。これでは、高いお金を踏んだくった上に、オーストリア側と結託しているようにすら見える。あの、『ジャーニー・オブ・ホープ』の悪徳業者でも、ここまで「仁義」にもとってはいなかった〔絶対に変だ〕。結局、全員が事務所に連行される(3枚目の写真、矢印はペトルの一家)。ペトルは、ジプシーかトレーラーの中のどちらかでシラミを拾ってしまい、頭を始終ポリポリ掻いているので、調べられ、みんなから隔離を要求される。
  
  
  

3人は別室に呼ばれ、係官は、デスクの前のイスに父を座らせ、身分証の提示を求める(1枚目の写真)。「不幸にして、すべてを失ってしまいました」。「何もないのかね? なら、君が、名乗るような人物だと どうやって証明できる?」。「一切ありません」。「よくある手だな。ここじゃ、誰もかも身分証がないと言うからな。その場合、残念だが、君は氏名不詳と記録される」。それを聞いたペトルは、「そんなの変だ。僕ら、身分証がないだけで、名前はちゃんとある」と文句を言う。父は、「それなら、ウィーン獣医科大学に問い合わせて下さい。私が海外出版した本がありますから、情報をくれるでしょう」。「それらの著作を君が書いたと、誰が証明できるのだね?」。父には不可能だ。「では、やはり君は氏名不詳のままだ」。ペトルは、「あいつ、頭がおかしいんだ」と立ち上がって部屋を出ようとする。母は「落ち着いて」と引き止めるが、「あいつ、何様のつもりなんだ」と、怒りは収まらない(2枚目の写真)。父は、「私たちは、ルーマニアからの政治亡命者です。オーストリアは単なる通過地です」。「もっと西へ行くのかね?」。「ドイツで待ってくれています」。「そうだろうとも。ここに来た誰もが、みんなそう言うからな。だが、どこで誰が待っているかは言えないときてる」。かくして、一家は 氏名不詳者として難民キャンプに送られる。
  
  

父とペトルは、シャツとパンツとスリッパを渡され、隣の部屋でシャワーを浴びる(1枚目の写真)。ペトルは、シラミがわいたから、ジプシーが出て行けと叫び、取調べを受けることになってしまったと詫びる。しかし、取調べの順番が早くなっただけで、ペトルに責任はないので、父は、「それどころか、自慢に思ってるぞ」と褒める。次のシーンは、支援物資の取り合い。ここは、難民キャンプなので、支援物資として衣服が山積みになっている。その中から、自分の好きなものをみんなが選んでいる。ペトルが自分に合いそうなものを捜していると、1人の男の子が、胸と背中に赤い鳥の刺繍を付けたシャツをはおっている。それを見たペトルは、「それ、僕が捜してたやつだ」と言い、相手は、「もう着てるから、僕のものだ」と反論、奪い合いの取っ組み合いとなる(2枚目の写真)。それを止めに入ったのは、親切そうな女性職員。2人を引き離し、ペトルを、「もっと素敵なのを見つけてあげるわ。ちょっと待ってね」と宥める(3枚目の写真)。叱らずに、「もっといい物を」という止め方には感心する。
  
  
  

その後、一家は、難民キャンプの所長によって、部屋まで案内される。所長は陽気な人で、話す度によく手を動かすので、ペトルも真似て手を上げたりする。「ここには、子供たちの描いた絵が貼ってあります」(1枚目の写真、矢印)。そして、連れて来られたのは、殺風景な倉庫のような部屋。部屋にあるのは、2人用の簡単な2段ベッド(夫妻用)、1人用の簡単な2段ベッド(ペトル用)、2人用のロッカーだけ(2枚目の写真)。所長は、「ご要望があればおっしゃって下さい。オーストリアにようこそ」とほがらかに言って出て行くが、何となく侘しい。ペトルは、自分のベッドで、さっき服を争った子が じっと見ているのに気付く。そして、その子が、部屋に張られた白い幕の向こうに逃げ込むのを見て、幕をざっと開ける。幕の仕切りの向こうには、9人の一家がいた(3枚目の写真)。「あの人たちと一緒に住むの?」。先ほど、ペトルに優しかった女性職員が代わりの物を持って来て、「あいにくですが、共同で使用してもらうことになります」と父に説明する。ペトルは、「知らない人となんか、一緒に寝られないよ」と文句を言い、父から、「いい加減にしろ!」と叱られる。「自由なんて、もうウンザリだ。家に帰りたい」。
  
  
  

女性は、「残念だけど、鳥の付いたシャツは見つからなかったの。代わりに、このボールを、鳥が飛んでるみたいに蹴ったら?」と言って、サッカーボールを渡す(1枚目の写真)。サッカー少年のペトルは、これで大満足。「僕、前に、こんなボール持ってたんだ。どうやって見つけたの?」。「目に 欲しいって書いてあったわ。中庭が運動場になってるから、そこでプレーできるわよ」。幕の向こう側から、代表者として父と同年輩の男がやって来て、「我々は、アルバニアから来た難民です」と自己紹介する。ペトルがボールで遊んでいると、さっきの子がボールを奪おうとして、また取り合いになる(2枚目の写真)。父は、「部屋の中ではボールで遊ぶな」と止める。相手の子は、赤い鳥のシャツを脱ぎながら、「これがないと生きてけないんだろ?」と言いながら渡そうとする(3枚目の写真)。ペトルは、「君のシャツなんか要らない」と臍を曲げる。「あんなに欲しがってたんだ。早く取れよ、寒いじゃないか」。「じゃあ、友だちになろう」。このアルバニアの少年の名はファディル。
  
  
  

運動場には、所長がいて、子供たちが順にゴールキックするのを見ている。教えているのは、バイエルン・ミュンヘンのコーチ。所長は、「毎月、君たちに教えに来てくれるんだ。だから退屈しなくて済むぞ」と、新入りのペトルとファディルに説明する(1枚目の写真)。2人を見たコーチは、「君ら新入りだな? ペナルティーキック やってみるか?」と訊く。先にトライしたのは ファディル。蹴ろうとするが、ボールにかすりもせずに尻餅をつき、笑われる。ペトルは、ファディルを助け起こすと、「バカにするの、止めさせてやる」と言い、ゴールキーパー(子供)の頭上に蹴り込む。これはできると思ったコーチは、自分がゴールキーパーになる。今度も、ペトルは見事に決める(2枚目の写真)。それを見ていたフーリガンのような連中が、「外国人なんかやっちまえ!」と怒鳴る。ペトルは2度目も決める。フーリガンの怒りは、外国人の練習相手になっているコーチにも向けられる。コーチは、「ここから出て行け!」と命じる。ペトルは3度目も決める。フーリガンは、「よそ者をぶちのめせ! ジプシーは失せろ!」と気勢を上げる(3枚目の写真)。ペトルは、怒ってボールを地面に叩き付ける。
  
  
  

その頃、母は、収容施設のトイレを掃除していた。ブカレスト音楽院でピアノを専攻し、長らく教授夫人だった母にとっては屈辱的な仕事だ。だから、ペトルに作業を見られているのに気付くと、「ここから出て行きなさい」「あっちへ行って。こんなとこ、見られたくないの」と、追い払おうとする。ペトルは、母の首に手をまわすと、「ママ、とっても素敵だよ」と宥める(1枚目の写真)。「家にいた時より、今の方がきれいだよ。そして、僕が生きてる限り、これからもずっとそうだよ」(2枚目の写真)。
  
  

母が、屈辱を味わっていた間、父は 部屋で 本に埋もれていた。殺風景だった部屋には、木の机が置かれ、壁には中央ヨーロッパの地図が掲げられ、窓にはきれいなカーテンもかかっている。机の前の棚に腰掛けたペトルに、父は、「今までどこにいた?」と訊く(1枚目の写真)。「話さない方がいいと思うよ」。そして、「新しい眼鏡だね。上着もしゃれてるし。家にいるより、ここの方がいいんじゃない?」と 皮肉っぽく訊く(2枚目の写真)。これは、先ほど母の苛酷な労働と対比した反動的言動だろう。そこに、母が作業を終えて帰ってくる。そして、心配して見に来た夫に、「近づくと、汚れるわよ」と弱々しく言う。「君が辛い思いをしているのは分かる。だが、すぐにガラリと変わるよ。ウィーン獣医科大学に連絡を取ってるんだ」。
  
  

そこに、所長が子犬を抱いて入って来る。さっそくペトルが、「何て名前なの?」と言って、寄って行く。「まだ ないんだ。君が付ければいい」(1枚目の写真)。その子犬は、施設を出ることになったヒンズーの少年からのプレゼントだった。いつもはむっつりしているペトルだが、子犬を相手にすると表情が変わる(2枚目の写真)。「この子、ほんとにもらっていいの?」。「もちろん、だから持ってきたんだ」。隣のブースからファディルも寄ってくる。「君のなの?」。「僕たちのさ」。そう言うと、ファディルにも抱かせる(3枚目の写真)。
  
  
  

一方、ペトルが犬とじゃれている間に、所長はもう一つの用事を済ませていた。それは、母が、ピアノの演奏者であることをどこかで聞き、施設内での演奏を依頼したのだ。次のシーンでは、難民キャンプの収容者を前にして、母がピアノ演奏を披露する(1枚目の写真)〔ハンガリー映画なのでリストの作品だと思うが、曲名は特定できなかった〕。ペトルとファディルも最前列で聴いている(2枚目の写真)。演奏が終わると、5月が誕生日の子供たちが前に出て来て、バースデーケーキが振舞われる。ペトルも、その中に入っていて(3枚目の写真)、例の親切な女性から大きく切ったケーキを渡される。
  
  
  

ペトルの平和な日々の終わり。ある夜、フーリガンの連中が、火炎瓶を3本、難民キャンプのある建物の1階に投げ込む(1枚目の写真)。3階で寝ていた一家は、部屋に入って来た煙で目が覚める。同室の2家族は、大急ぎで逃げる用意をし(2枚目の写真)、ペトルも無事一階に到着する。しかし、その時、子犬がいないことに気付く。そして、「まだ、部屋にいるんだ」と言うと、父とファディルが止めるのも構わず、階段を再び登って行く(3枚目の写真、矢印)。
  
  
  

ペトルは、2階から3階への踊り場まで来た時、服の腕の部分に火が点いてしまう(1枚目の写真)。後を追って来た父が毛布を被せて火を消し、2人で頭から毛布を被ると、火の勢いの強くなった階段を降り始める(2枚目の写真)〔CGではなく実写なので、かなり危険〕。毛布の背には火が点いている。父は、ペトルを抱いて何とか脱出できたが、2人とも火傷を負って救急車に乗せられる。幸い、梯子車の先端にいた消防隊員が子犬を生きたまま見つける。それを見たファディルは、「すごい、ドルカ〔子犬の名〕、助かったよ!」とペトルに教える。「なんともない?」。「無事だよ」(3枚目の写真)「後で、病院まで連れてくからね」。
  
  
  

2人が入院している部屋を所長が訪れる。「良い知らせと 悪い知らせがあります」。ペトルが寝ていることを確かめて、父母は話を聞くことにするが、実はペトルは起きていて、寝ているフリをしていた。「難民キャンプは閉鎖されます」。同行した若い男性が、その後を続ける。「昨日から、いわゆる経済難民の国外退去が始まりました。残念ながら、あなた方の政治亡命申請は認められませんでした」。その理由として、所長は、ルーマニア大使館が、父の申し出た名前は 如何なる教授リストにもないと回答を寄せたと述べる。母は、「夫が釈放された時、チャウシェスクがそうしたのです」と説明するので、ペトルの父が一度は逮捕・収監されていたことが初めて分かる。「私たちは、ブカレストに留まることも許されませんでした」。所長は、「でも、良い知らせもあります。レイナーさんが、バイエルン・ミュンヘンのコーチですが、ペトル君を正式にミュンヘンに招いたのです。スポーツクラブが彼を引き取り、訓練します(1枚目の写真)。ペトルは寝たフリをやめ、起き上がると、「パパやママが一緒じゃなきゃ、僕どこにも行かない」と宣言する。母は ペトルの頬を撫でながら、「1人で残るのが、そんなに嫌なの?」と尋ねる。ペトルは、「そうじゃないけど、そんなに簡単に別れるなんて… 僕は、犬のウルスと別れた、水牛のフロリカとも。ヘレンはお祖父ちゃんと別れたし、僕とも別れた」(2枚目の写真)「そして、今度はパパとママが別れて行っちゃう。いつも、誰かが誰かと別れるんだ」。それだけ言うと、ペトルは父の脇に行く。「これまでずっと練習してきたから、失うわけにはいかない。そうだよね、パパ? 僕、残るよ」と言い、父はけなげな息子を抱きしめる(3枚目の写真)。
  
  
  

退院できるようになった日、父は、ペトルに、「もし、私たちがルーマニアに送還されたら、許可なく国を出たことで収監される」と、暗い話をする(1枚目の写真)。一方、母は、「私たち、何とかハンガリーに留まるわ。あなたはドイツに行きなさい。所長さんは外国に顔が利くから、きっと助けて下さるわ。ちょっとの間、我慢していてね。必ず戻るから」とペトルを全力で慰める(2枚目の写真)。そして、父母は、他の経済難民とともに、ハンガリー行きのバンに乗せられる。ファディルと一緒にそれを見ていたペトルは、我慢しきれずに部屋を出て、バンの後を追って走る。そして、バンが一瞬停車した時、窓にすがりつくようにして、「僕を置いてかないで、ママ! 一緒にいたい」と叫ぶ(3枚目の写真)。
  
  
  

次のシーンも、観ていて 全く理解できない。父母の乗せられたバンが出て行った直後、ペトルは一緒についてきたファディルに、「こんなトコに長居するのはごめんだ。もう誰も信用しない」(1枚目の写真)「すぐ、逃げ出そう。一緒に来るか?」と訊く。「いいよ」。なぜ理解できないかといえば、①ペトルは、「長居」と言うが、ミュンヘンに行くことが決まっている。②ペトルが乗るのは、後で分かるが、ドイツ行きの貨車で、降りるのはバイエルン地方。それなら、結局①と同じだ。③なぜ、ファディルを誘うのか? ファディルの一家はまだ施設にいるので、自分のためだけに、ファディルを両親と引き離すのは勝手すぎる。などの状況があるため。次のシーンでは、もう、夜の操車場。ペトルがどの列車に乗ろうかと隠れながら歩いていると、偶然通りがかった駅員同士の会話で、隠れている真上の貨車列が今夜ミュンヘンに出発すると分かる。ペトルは、開いていた扉から貨車に乗り込む(2枚目の写真)。ファディルは、子犬のドルカを手渡すと、自分も貨車に入る。そこは、家畜用の貨車らしく、床に藁が敷いてある。ファディルは、藁を平らにし、「ここで休めるよ」と言い、「かなり 汗かいてるね」と言うと、額に触り、「もし、見つかったら、ジプシーのフリをするといい」とアドバイス(3枚目の写真)。さらに、ペトルに水筒の水を飲ませながら、「みんなは、親と離れた浮浪児のジプシーに慣れてるし、嫌がって誰も係わろうとしないんだ」。それを聞いたペトルは、「一緒に来ないのか?」と訊く。「行かない」。「何て奴だ!」。「ペトル、僕がいれば邪魔なだけだ。1人の方が やりやすい。それに、僕はイスラム教徒だ。怒るなよ。それに、両親もまだここにいるんだ」。ファディルは、最後にドルカを抱きしめると、「君は、今までで一番の友だちだ」と言うと、貨車から降りる〔ファディルの方が、ペトルより よほど良い子〕。ペトルは、聞こえないような小声で、「地獄に落ちちまえ」と罵る。貨車が動き出すと、ファディルは並走しながら、「扉を閉めろ!」と教えてくれる。ペトルは、「お前のことなんか、全部忘れてやる」と呟きながら扉を閉める。扉が閉まった後も、ファディルは貨車について走って行く。
  
  
  

貨車に揺られて横になったペトル(1枚目の写真)。貨車が停まったので、扉を開けてみる。外は朝早くて、まだ薄暗い(2枚目の写真)。ペトルは、ドルカに向かって、「きっとドイツだろう」と言うと、貨車から降りる。「行くぞ。この貨車、次にどこ行くか分からないから」。そこは山あいの小さな村の小さな駅だった。1人しかいない駅員(つまり、駅長)が、駅舎の2階の「自宅」から下りてきて 天井灯を点けると、待合室のベンチの上で 汚い服を着た小さな子が犬を抱いて寝ている。駅員は、「おい坊主、どうやってここに来た?」と尋ねる。返事がない。「お前、誰だ? アルバニア人かポーランド人か?」。ペトルはファディルに教えられた通り、「ジプシーだよ」と答える(3枚目の写真)。「なんでドイツ語を知っとるんだ?」。「ドイツのジプシーなんだ」。「ドイツのジプシーか? この たかり屋め!」。「僕たち、国境越えた?」。「どっち側から見るかによるな」。「ここは、ドイツ?」。「バイエルンだ」。ペトルは、ドルカに、「僕たちやったな」と話しかける。この一連の会話で変なのは、いつの間にか、ペトルがドイツ語を話していることになっている。すべての会話はハンガリー語でなされているので、どうでもいいようだが、「ドイツ語を話せる」という設定だけは、どう考えても変。
  
  
  

駅員は、ペトルを 貨車に乗せて送り返そうかとも思ったが、高熱があるようなので、抱いて2階に連れて行く。それにしても、たった一晩貨車に寝ただけで、こんなに服が汚れるものだろう?〔ハンガリー近くの最初の駅Nickelsdorfで乗ったとして、降りたのがローゼンハイムと仮定すれば、走行距離は479キロ。時速60キロで8時間となる。夜10時に乗れば、朝6時には着いている。だから「一晩」だと想定できる〕。よほど、貨車の中の藁が家畜の糞と尿で汚れていたのか? この映画は、疑問点が多過ぎる。さて、駅員が ペトルを2階に運んでいくと、途中で立ちはだかったのが奥さん。彼女は、ジプシーを家に入れるのを断固拒否する(1枚目の写真)。しかし、老いた亭主が、「いつまでも抱いていられない」と言うと、無理をさせるのは腰に悪いとあきらめ、渋々家に入れるのを許す。最初は、廊下に折り畳み式ベッドを置いて寝かせるよう指示するが、優しい亭主は、それでは子供が凍え死ぬと庇う。「とどのつまりは、駅に来た乗客なんだからな」。駅長としては、乗客を守る義務があるという論理だ。それでも、奥さんは、「私の目の黒いうちは」と許さないが、亭主が腰痛を訴えると、遂に寝室に入れるのを許す。亭主は、きれいなベッドの上に、おぞましいほど汚れたペトルの体を置く。そして、まず靴を脱がせる(2枚目の写真)。奥さんは、ペトル用の暖かい飲物を持って来ると、「頭を上げさせて。触りたくないから」と言う。亭主が頭を持ち上げて飲ますと、ペトルはルーマニア語で何か言う〔さっきは、ルーアニア語で話しても、ドイツ語だという奇妙な設定だったのに、なぜ急にルーマニア語に戻したのか?〕。それを聞いた奥さんは、「アラブ人かトルコ人か知らないけど、話せるのね」と言う。ペトルの顔を初めてじっくり見た奥さんは、思ったより可愛い子なので、きれいなハンカチで顔を拭いてやる(3枚目の写真)。
  
  
  

ペトルの服をめくった奥さんは、火傷の跡に気付き、今度は同情が混じる。そして、服を脱がせると、汚い上着の下は、真っ白なシャツ。それを見て、この子はジプシーではないと確信する。そして、脱がせた服に鼻を近づけると、「こやしみたい」(1枚目の写真、矢印)。さっそく、隣の部屋に持って行き、ストーブに入れて焼却処分にする。ズボンも同じ目に遭う。パンツ1枚だけにされたペトルは、「この子、てっぺんから爪先まで汚いわ。洗わないと」の一言で、ベッドから立たされ、浴室まで歩いて行く。「高熱」なので、ヨロヨロとつかまりながら浴室まで辿り着く。そこで裸にされると、バスタブに入れられるが、奥さんが湯の中に入浴剤のようなものを入れようとすると、「海のエキス」とラテン語で呟く。奥さん:「ちゃんと話したけど、ドイツ語じゃないわね」。亭主:「なんでラテン語、知ってるんだ」。ペトル:「海のエキスの湯は、火傷を治すんだよ。助けてくれてありがとう」(3枚目の写真)〔この言葉は、ドイツ語で言ったことになったらしい〕。奥さんは、ペトルがまともに話せることに甚(いた)く感心する。
  
  
  

清潔になったペトルは、奥さんのパジャマを着せられ、3人で朝食をとる。亭主がいきなり食べ始めたのに、ペトルは、奥さんよりも正式に手で十字を描く。そして、「いただきます」と言ってからナイフとフォークを取る。奥さんは、その行儀の良さに改めて感心する。亭主は、「君は 東方正教会か?」と訊き、ペトルは「ルーマニア正教会です」と答える。奥さんは、「子供がナイフとフォークで食べてるのに、あなたはナイフだけね」と亭主の食事作法を揶揄する(1枚目の写真)。亭主は、弁解も込めて、ペトルに、「これは、狩猟用のナイフだ」と言い、ペトルはそれを手に取って「いいね」と答える。奥さんは、今度は、亭主の食べ方を見て「ムシャムシャ食べないの」と注意し、いい加減うんざりした亭主は、席を立つと、「俺は、バイエルン鉄道の職員を40年間務めとる。こんな屈辱には我慢できん。しかも、部外者の前でだぞ」と不満をぶつけるが、それを見たペトルは、2人の奇妙な仲の良さに、思わず笑ってしまう(2枚目の写真)。
  
  

朝食が済み、奥さんが駅舎の前のベンチに1人で座っていると、そこに亭主がやってきて隣に座る。「俺たちは、あの子の名前も知らんのだぞ」。奥さんは、「そう? ペトル、ペーターでしょ」と知識をひけらかす。「私の友だちのお父さんも、ペーターよ。あのね、アロイス〔亭主の名〕、あの子、不器量じゃないわ」。その後、いつまでも大人の服を着せてはおけないので、子供服を買うという話になり、そのために200マルク〔16000円〕使おうと提案する。その時、ペトルが走って戻ってくる。「少し前まで寝てたのに、こんなに走って!」。「もう迷惑かけられないから、行かないと」。「どこに?」。「僕を待っている人。でも、住所を失くしちゃった」。「ここにいればいいじゃないか」。「これから、あなたの家族名はシュナイダーよ。いい?」。亭主を指して、「パパみたいでしょ」。そして、「これからはパパと呼びなさい。私はママよ」(1枚目の写真)。ペトルは、ヘレンの時に慣れていたので、すぐにOKする。その時、3人の前を郵便配達の男が自転車で通りがかり、「新しい守衛かね?」と声をかけて通り過ぎていく。小さな村なので、噂は一気に拡がった。奥さんは、さっそくペトルの服を買いに行く。店に入ると、女店主が、「今日は、レイジ〔奥さんの名〕」と歓迎する。そして、レイジが子供服を見ていると、「サイズはご存知?」と質問する(2枚目の写真)。「サイズって? 何のこと言ってるのか分からないわ」。「レイジ、私からは何も隠せないわよ。すべて分かってるんだから」。レイジは、あきらめて、必要なものを挙げる。「パンツ3枚、シャツ3枚、靴下、スカーフ…」。そして、最後に、「エナメル革の靴が3足」と言う。女店主は、すぐに、「あの年の男の子には、3足のエナメル革の靴なんか要らないわ〔すぐに履けなくなる〕。アディダスのスニーカーを持っていきなさいよ。今どき、エナメル革の靴なんか、教会に行く時ぐらいしか履かないもの。すごく高いし」と、的確にアドバイス。「でも、どうして坊やのこと知ってるの?」。「ここは小さな山の村よ。隠せることなんか何一つないの」。
  
  

ペトルがアロイス・パパと一緒に魚釣りをしていると、そこにレイジ・ママが買い物袋を下げてやってくる。ペトルは予め摘んでおいた花束渡す。「2つとも、リューマチに効くんだよ」(1枚目の写真)。ペトルは、代わりにサッカーボールをもらって有頂天。「すごいや、ママ」。家に戻ったレイジ・ママは、バイエルン・ミュンヘンの真っ赤なユニーフォームのTシャツを見せ、ペトルは大喜びで着てみる。「気に入った?」。「ありがとう、ママ」。ペトルはレイジ・ママを抱きしめる(2枚目の写真)。
  
  

翌日は、バイエルン・ミュンヘンのTシャツを着たペトルが、サッカーの練習で素晴らしいシュートを見せる(1枚目の写真)。しかし、暗い影も押し寄せる。1人の警官が、サッカーをしているペトルを呼び止め、「君は、ペトル・ミツォウかね?」と尋ねる。「はい」。「駅長の息子かね?」。「分かってるなら、なぜ訊くんですか?」(2枚目の写真、2人の後ろで立ち聞きしているのがルーベンス)。男は、ペトルをコートから離し、「ルーマニアに送り返されたくなかったら身を隠すんだ。もし、このことを誰かに話したら、私は逮捕される。話すのは危険だと分かっているが、君を見捨てられなくてね。君は、遅かれ早かれ、バイエルン・ミュンヘンのスターになるだろうから」と話す。
  
  

その直後、シャワー室でペトルは年長のルーベンスから話しかけられる。「お前、危ない目に遭う見たいだな」(1枚目の写真)。「なんで知ってるの?」。「村中が、その話でもちきりだ。お前は、俺と一緒に姿を消せばいい」。「それどういうこと? 両親を放っとけないよ」。「あの2人なら、お前がいなくても、ちゃんと暮らしてけるさ。2・3ヶ月は泣いてるだろうが、じき忘れちまうって。俺は、木曜にフランスに行く。来たけりゃ、一緒に来い」。「それって、恩知らずじゃないかな?」。「今どき、何言ってんだ。お前は自由な男だ。前途洋々じゃないか」(2枚目の写真)。最後には、ペトルも、「分かった、行くよ」と言う。「木曜の朝、2時、居酒屋の前だ。遅れるなよ」。
  
  

先ほどペトルに警告した警官は、今度は教会に行き、牧師に懺悔をしたいと申し出る。ここでも、警官は、ペトルのことを話す。「私には、あの子を救えません。金曜に、彼らがやって来ます」。「彼らとは?」。「インターポールが少年を捜しています。ユニセフとハンガリーの赤十字もです」(1枚目の写真)「地区青少年保護局… それに、ウィーンにあるルーマニアの大使館も」。その日、レイジが店に行くと、先日の女店主が、亡くなった孫のパスポートを見せる。孫の名はペーターなので、「死んだ孫のパスポートで、あの子の命が助かるなら」とプレゼントする。幸いにして、2人は顔まで似ている(2枚目の写真、矢印はパスポート)。レイジが家に戻ると、そこには、牧師が訪れていた。レイジはさっそくパスポートを見せる(3枚目の写真、矢印はパスポート)。しかし、牧師の考えは否定的。パスポートではペトルを守れないと言い、村から数週間出した方がいいと勧める。アロイスは、「俺が連れて行く。兄の家に行けばいい」と言う。レイジが、「私も一緒すべきじゃない?」と、同行を希望すると、「これは男の仕事だ」と断り、牧師とビールで乾杯する。
  
  
  

水曜日、翌日の早朝ペトルは、ルーベンスと一緒に発つが、子犬は連れて行けないので、ドルカにそう言い聞かせている。すると、そこに、「夫とペトルの逃避行」のための服を準備していたレイジ・ママが来て、ペトルの隣に座る。「大好きだよ、ママ」(1枚目の写真)。それを聞いたレイジは、ペトルを愛しげに抱いて、頭にキスし、「かけがえのない坊や」と言う〔「坊や」と呼ばれてもペトルは怒らない〕。彼女は大事にしている食料貯蔵庫から、好きなものを開けていいと言い、次には、ここにあるものはみんなペトルのものだと言い、さらには、銀行にペトルの口座を開き、毎日数ペニヒ〔2円〕ずつ、夫に内緒で入れていると打ち明ける。最後の金額はあまりにも少ないが〔1年でも730円にしかならない〕、レイジ・ママがペトルに べた惚れ状態だということは良く分かる。そして、木曜の午前2時前にペトルは起きて、「行くぞ!」とドルカに言い聞かせる。しかし、いつもと違いイビキの音が聞こえない。それどころか、電気が煌々と点き、レイジ・ママは鞄に服を詰めるのに大わらわ。横にはアロイス・パパも座って、呑気にコーヒーを飲みながら作業を見ている。これでは、家を抜け出ることはできない。鞄の中には、ハムやゆで卵だけでなく、ペトルの好物のチョコレートも詰められる。夫は、甘やかし過ぎだと心配するが、レイジ・ママは「任せてちょうだい」と自信たっぷり(2枚目の写真)。そこに、ルーベンスにみつからないよう、ドルカを布袋に入れたペトルが姿を見せる(3枚目の写真)。こんな時間に起きてきたのを見たレイジ・ママは、「眠れないの、坊や?」と訊く。ペトルは逆に、「ママ、どこかに行くの?」と訊く。「出て行くのはあなたよ、ペトル。遠くまでね」。「じゃあ、ルーベンスが秘密を漏らしたんだ」。「ルーベンスは、あなたがパパと出かけるって、なぜ知ってるの?」。「パパと?」。「そうよ。悲しまないで。2週間だけよ。あなたがいないなんて寂しいわ」。ペトルは、ルーベンスとではなく、アロイス・パパと逃げるのだと分かると、安心してドルカを布袋から出してやる。レイジ・ママは、「早くベッドに戻って、寝てらっしゃい。明日は、遠くまで行くんだから」と言う〔待ちぼうけを食ったルーベンスは、ペトルを罵ってマルセイユに向かったことだろう〕
  
  
  

警官が牧師に懺悔という形で情報提供をした際には「金曜日」と言っていた。だから、それに合わせて、牧師は、木曜の朝に立つよう勧め、木曜の未明から夫婦で準備をしていた。しかし、いざ出発しようと、ペトルに暖かい服を着せていると、パトカーが急停止した音が聞こえる。警官の情報が間違っていたのか、1日前倒しで事態が進んだのか? レイジ・ママは、「もう行かないと! 警察が来たわ!」と言い(1枚目の写真)、アロイス・パパは、「急げ! 裏のドアから出るぞ!」とペトルを連れて脱出する。レイジ・ママは、ゆっくりと門に向かう。そこにいたのは、ペトルと牧師に警告したのと同じ警官だった〔村に駐在する警官は1人だけ〕。そして、横には、背広姿の男がいる。警官は、「児童保護連合は、行方不明になった10歳のルーマニア人少年を捜している。名前はペトル・ミツォウ。情報によれば、その子は、お宅にいるそうだが」と問いかける(2枚目の写真)。もう1人の男は、「我々は、両親の依頼を受けて何ヶ月も捜索しています」と補足説明をする。レイジ・ママは、「残念ですが、お役には立てません。ご両親の心痛はよく分かります。私にもそんな息子がいますから。ピーター・シュナイダーです。でも、夫と一緒に親戚の家に行きました」と話す。「その子の身分証を拝見できますか?」。「もちろんです」。アロイス・パパとペトルは、そのやり取りを、裏庭から少し入った茂みに隠れて聞いている(3枚目の写真)。
  
  
  

その時、もう1台の車がパトカーの隣に横付けになる。メルセデス300Eだ。そして、運転席から出てきたのは、ヘレンの父!(1枚目の写真、矢印)。さらに、後部ドアが開き、ヘレンも姿を見せる。ペトルは、笑顔になって立ち上がる(2枚目の写真)。そして、ヘレン目がけて走って行き、抱き会う(3枚目の写真)。それを見たレイジ・ママは、心穏やかでない。
  
  
  

メルセデスからは、父と母も姿を見せ、ペトルは、「ママ!」と叫んで抱きつく(1枚目の写真)。父はその後だ。レイジ・ママの顔が、だんだんと悲壮感を帯びてくる。ペトルは、「別のママとパパを紹介したいんだ」と父に言うと、レイジ・ママに向かって走り出す(2枚目の写真)。ペトルの父母は、レイジ・ママの前まで来ると、母が「ペトルを守ってくらさって、ありがとうございます」とお礼を言う。ペトル:「どうやって僕を見つけたの?」。ペトルの父:「ヘレンのパパにお世話になった。赤十字を通じて捜して下さり、私たちをBicske〔ブダペスト西郊〕の難民キャンプから出して下さった」。ペトルの母:「パパは、ミュンヘン大学に招聘されたのよ」。ヘレンが、「これで、私たち同じ学校に通えるわね」と嬉しそうに言う。しかし、ペトルは、レイジ・ママとアロイス・パパの顔を見て、「だけど、僕、ママとパパを放っとけないよ」とヘレンに言う(3枚目の写真)。レイジ・ママは、「これからは、あなたのお祖母ちゃんとお祖父ちゃんよ」と言う。
  
  
  

しかし、レイジ・ママは、「この家に住んで20年、いったいどうしたらいいのかしら」と不安を隠せない(1枚目の写真)。ペトルの母は、ペトルの顔を抱こうとするが、ペトルは嫌がって顔を背ける。「いったいどうしたの?」。ペトルは、鈍感な両親に怒りをぶつける。「僕、これからどうすれば?」と、レイジ・ママたちの方を見る。「だいたい、今までどこにいたのさ? ひょっこり現れて?」。そして、もう一度レイジ・ママたちの方を見て、「ただバイバイするの?」と責める(2枚目の写真)。レイジ・ママは、「私たちは、これからもここにいるわ」と言い、アロイス・パパは、「家族がこんなに増えたんだから、お祝いに一杯飲まんとな」と笑う〔前者は、「ずっとここにいるから、時々来てね」という意味か? 後者は、妻ほど、ペトルへの思い入れがないのか?〕
  
  

ペトルとしては、両親とヘレンが迎えに来た以上、ミュンヘンに移るしかない。そこで、2組の父母の前で、サッカーの試合で活躍して見せることにする(1~3枚目の写真)。この村はバイエルン州にあり、ザルツブルク~ミュンヘンの間にあると思われるので、ミュンヘンまでの距離は100キロ以下。だから、年に数回はお泊りでレイジ・ママに会えるだろうし、夏休みにはもっと長く滞在できるかもしれない。ただし、もし、バイエルン・ミュンヘンの選手になれば、会う機会は減るだろうが、活躍はTVや新聞で見られるから、レイジ・ママにはそれで十分かも。
  
  
  

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